遠くなった面影と消えかかった声が、
脳裏から消えない夜の目印だ。
誰にも今更に、助けられやしない。
僕がここで声を上げたとして。

色彩の剥げ落ちた、あの額縁の片隅に、
一人朽ち果てていく君の面影をしまい込んで。

言葉の重さを知るたびに、形を失う幸せ。
大人になれないままのあの日の君から続く時間が、
落とした影を辿る指のように。世界をかたどる指のように。
そっと君が差し出す時間に触れた。
無くした日々を追うように。

思い込んでいた。
こんな時間にもいつか、終わりが来るはずだと。

一人きりで歩いていくことを、忌み嫌うわけではないと。
部屋の隅で埃被った、君の声を覚えている。

壊れかけたものを置き去りにして、形を失う時間を、
いつまでも手の中に握りしめて。

燃える砂の中へ。
冷えた雨の中へ。
景色は今日も変わっていく。

僕は知っている。自分の居る意味を。
君を追いかけて、ここで眠るよ。
月日が過ぎて、声が途切れて。
あの約束、薄れてゆくけれど。

別れの理由を探す夜は、重ねた声ごと、かき消した。
空を見ていた君も、あの夜の中。
落とした影を辿る指のように、何一つ言わないでそこにある、
そっと君が差しだす時間に触れた。
無くした日々を背にして。

君を去った者たちが残した、
かつて確かな意味を持った響き。

呼応する言葉の波に寄せて、
生まれた街を燃やす火の中で、

燃え尽きていく身体に、刻み込む言葉を這わせて。
でも歩む道の先には、灯りが今でも消えない。

誇り高き煙に渦巻かれ、
いずれ下される裁きを丘の上で待った。
語り掛ける言葉は君らを、構成するすべての愚かさの中へ。

ばらばらにほつれゆく糸を束ねて。
書き残す全てを繋ぎ止める。
道標は嘘へと変わった。

それでも。

君を求める声は今も、
あらゆる意味が抜け落ちた色の中で。
深い夜に見せた幻の続き。
そこへ全てを託して待ち続けている。

さあ、総てのものと引き換えに還る。
さあ、凡てのものを置き去りに還る。

木箱に飽和した無尽蔵な感情は、
一つ一つ生々しい温かみと手触りで、
止むことのない痛みを伴って、
擦り減らしながら鳴動を続ける。

いつか価値あるものを理解した時、
ついぞ君らがそこに見つけた居場所は、
この世界を貫く時間の中で唯一、
ただ君らのためだけの誂えのようだ。

それでいて温度も色もないその場所は、
遠い過去に置き忘れた時間のように、
失われていく響きに渦巻かれ、
君らを君らたらしめる。

いつか訪れる終わりを目掛けて、
確かな目的も正解も知らないままに、
ただ物理法則に阻まれた歌のように。

響く痛みのように、交差する記憶を閉ざす。
透明な感触で、溢れた未来を繋ぐ最適解。

僕たちは定義された時間の中で、正解を探し求めていた。
いつの日か歩みを止める時、
君にしか聴こえない歌を口ずさんで。

零れ落ちてく未来も。

どこを歩いているのかさえ、
いつか分からなくなってしまっても、
君に流れ込む痛みは意味を持ち続ける。

永遠の命題、喩えの中の正解、
響き渡る崩壊、まだ消えることのない跡、
施される愛、辿り着く悲哀、
君の一部を刈り取る音。

記憶を辿っていけば、誰かにすがって生きていた。
眼差しを今も憶えている。

流動する世界で唯一、不変のものが形作ったから、
君に流れ込む痛みは、意味を持ち続ける。

遠く滲んだ願い事も、剥がれ落ちたまま。
溶けた声が君を指して、
遠く、朝を呼んだ。

日の届かない場所で、眠る君と。

こぼれ落ちた日々を、今は誰が生きているのか。
僕は空を見ている。
君が居た季節が留まる場所で。

僕らをとらまえる混乱ですら、愛せる人間であればよかったのに。
後悔は流れ去る水のように、一片の余剰をも残すことはない。

祈る声を忘れながら、移ろう季節が。
伸びた髪を揺らすたびに、
また立ち止まった。

その声と姿へ届かない手に残る、何の意味もない温もり。
棄てられたら。

誰も触れない綺麗な悲しみを前にして、
この夢が終わること、受け入れて歩いた。

だけど君の声に、どんな慰めも及ばなくて。
歩き出した道は、君が居た季節のままだった。
僕は空を見ている。
滲んだ願い事が消えないように。

繰り返した日々から褪せていった色で、
満ちていたあの朝を探した。

くすんだ思い出も、小説の項の中。
形而上的な距離を、あの夏へと繋げる。

プルーストが運ぶ波音。
泡のように空へ、消えてなくなった。

壊れたカセット、五月の東雲、
湖畔に浮かんだ、さざめきの声。

大人になること、記憶の揺らめき、
あなたの声から、伝わる体温。

プルーストが運ぶ波音。

壁際並ぶ背表紙の中で、いまさらあなたを思い出した。